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2008. 12. 29  
 女体に、美を絡めるということ;吉行淳之介
 学生時分、思いだすことなど。学科の文学青年仲間で定期的に、ちょっとした集いみたいなものを催していた。そこに現れた、颯爽とした私と同年の青年。彼はひじょうに快活な男で、見てくれも立派、実際、語り口も達者、そんな彼が第一等、好きな作家として掲げていたのが、かの吉行淳之介であった。吉行には、「えもしれぬ独特の鬱積感、じめじめとしたエロチシズムがある」のだと解析する。当時、私は読まず嫌いの方ではないので、吉行の著作も一通り目は通していた。だが、彼ほどの執着ぶり、思想的に感化されるだとか、そういった感慨は受けなかった。「永井荷風だとか、谷崎潤一郎だとか、やはり、女性のなんたるかを書かせたら彼らに勝る作家は、居ない。吉行は、そんな彼らの立派な後継なのさ」弁士豊かだけに、瀧のように言葉が溢れてくる。


 私は、やはりどこか芥川だとか、太宰だとか、執心していて、女体の美なるものに関しても、どこかこう、彼のように立て板に水のごとし、というわけにもいかない。当時の私には、いかに生きるか、の方が身に迫っていて、「えもしれぬエロチシズム」と言われてもどこか上の空のようなところもあった。


 「君は、変わっている。芥川太宰がいいと言っていながら、川端にも熱心だ。まぁ、それはそれとしても、君の好きな川端だって、いわば俺にいわせれば吉行に通じているのさ。男として人間として、女体を前にして全てのプライドみたいなもの、そういうややっこしいものを解き放って挑みかかる。そういうものを書いている。」


 当時の私は、彼に対してはあまり抗弁もしなかった。川端と吉行は、無論、あきらかに違うと想ったが、彼には私の抗弁に対し、恒に否定的観念を持ち合わせているようで、素直に聞き入るだけの方が、私にはここち良かった。


 彼は、当時、自分に酔っていたのだと思う。けれど、そんな彼を私は完全に否定はしなかった。自分に酔える、自分を知っている。彼は恒に溌剌としていた。


 それから何年もたって、一流の銀行マンに転進した彼に逢った時、私は彼にこう、尋ねてみたことがある。「今でも、君の中で吉行が第一等かい!?」彼は、笑みを浮かべてはっきりと私にこう、切り返した。「勿論!!いまや私生活は吉行の小説、そのまんまだね」私には、彼が眩しく映じてみえた。あれから幾年(いくとせ)。彼はいまだに女体と戯れていると、聞く。【初稿;1998・6】
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2008. 05. 28  
2004・8 記述文拠り

 

 ホラホラ、これが僕のだ、
 生きてゐた時の苦労にみちた
 あのけがらはしい肉を破つて、
 しらじらと雨に洗はれ、
 ヌックと出た、の尖。

 それは光沢もない、
 ただいたづらにしらじらと、
 雨を吸収する、
 風に吹かれる、
 幾分空を反映する。

 生きてゐた時に、
 これが食堂の雑踏の中に、
 坐つてゐたこともある、
 みつばのおしたしを食つたこともある、
 と思へばなんとも可笑しい。

 ホラホラ、これが僕の――
 見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
 霊魂はあとに残つて、
 またの処にやつて来て、
 見てゐるのかしら?

 故郷の小川のへりに、
 半ばは枯れた草に立つて、
 見てゐるのは、――僕?
 恰度立札ほどの高さに、
 はしらじらととんがつてゐる。

    中原中也在りし日の歌』より


 中也はいまだに僕に呟いてきます。「雲の間に月はいて それな汽笛を耳にすると 悄然として身をすくめ 月はその時空にいた それから何年経ったことか 汽笛の湯気を茫然と 眼で追いかなしくなっていた あの頃の俺はいまいづこ ・・・頑是ない歌より」 あれは、そう確か僕が中学生の頃、十代の頃でした。学校の図書館の四隅の本棚にその本はひっそりと、さも僕が手にし易いように置かれていましたっけ。中原中也在りし日の歌」 この人にはじめて接した時の感動は未だに僕の記憶から消えていません。ああ、なんと悲しい歌が綴ってあるのだろう、なのに何故、これ程までに優しい心根で読み進んでゆけるのだろうか? それ以来、この人の著作、様々な作家の描く中也の実像が知りたくてたくさんの書物をひもといてきたつもりです。そこから推察されうる彼本来の性質はその悲しく優しいとはあきらかに違ってかなり猛々しいですよね。あの中也の肖像からはとても及びもしない荒々しい性格。そこからつむぎだされた読む人の心根を優しく愛撫するかのようなの羅列。僕なりのこれはまったく僕なりの私感なのですが、中也はかなりの孤高の人だったと想うのです。なかなかその境が他に理解されず絶えず苦悩していた、酒を飲み管を巻き暴言をわめきちらす中也の姿はつとに有名ですけれど、そして人としてはかなりの嫌われ者だったという気もします。ただそんな荒くれ者がえてして人間の本質をえぐることに長けていたりするものでけっして他者からむげに排除されうる存在ではないはず。そんな性質の多くの者達が世間の片隅に追いやられてゆく中で中也には、けれどがあった、つまりそれはひいては詩の世界に逃げることができた、あるいは耽溺できる世界があったとも言えましょう。「ホラホラ、これが僕の骨だ、生きていた時の苦悩にみちた あのけがらわしい肉を破って、しらじらと雨に洗われ、ヌックと出た、骨の尖。・・・骨より」 中也はいま草葉の陰でどんな管を巻いているのでしょうか?おお?い、中也!いい酒を持ってきたぞ、一緒に飲もうや!
2008. 05. 26  
 少女は物心をついた頃から、詩情の世界に溶け込むことが好きだった。あからさまに口について吐けない感情も、詩に重ねれば物憂さに付託して一時(いっとき)は霞(かす)む。自身でも詩を編んだ。ゲーテには薔薇(ばら)の花弁を委ねられる想いがした。アポリネールには自然の風雅な森林を訪ねるかのような、安息観を。プーシキンには慈しみをヴェルレーヌには失望をマラルメには知を、そうしてランボーには砂塵の荒野をさ迷い歩く孤独な詩情の綾を教わった。石川啄木も宮沢賢治も室生犀星も萩原朔太郎も、きっときっと悲嘆の境地を詩に委ねているかのように、想えて、ひとり心、墜ちた。だが、最も少女が愛でた詩人とは少女と同じ言語で綾織る、この日本人の中原中也という夭折の詩人であった。気持ちが既に萎えているのである。なのに、懸命にその気持ちを奮い立たせようとするかのような、その詩の世界。寂しいような、辛いような、厳かさとその悲壮感、しんみりと哀感を摩(さす)るように、その世界は息づいている・・・。
    【自作小説よりの抽出】

  月夜の浜べ
                          
 月夜の晩に、ボタンが一つ
 波打際に、落ちてゐた。

 それを拾つて、役立てようと
 僕は思ったわけでもないが
 なぜだかそれを捨てるに忍びず
 僕はそれを、袂に入れた。

 月夜の晩に、ボタンが一つ
 波打際に落ちてゐた。

 それを拾つて、役立てようと
 僕は思つたわけでもないが
 月に向かつてそれは抛れず
 浪に向かってそれは抛れず
 僕はそれを、袂に入れた。

 月夜の晩に、拾つたボタンは
 指先に沁み、心に沁みた。 

 月夜の晩に、拾つたボタンは
 どうしてそれが、捨てられようか?

    「在りし日の歌」より

 僕は幼い時分より、詩を愛でるのが何よりも好きでした。いまだに息づいている。詩の世界に、この心を付託し続けている。死ぬまでそれは、果てないことでしょうね。 
    2006・6 筆者覚書    
2008. 05. 22  
 
 2006・3 筆者覚書より。
 10代の頃であろうか、森鴎外の墓に参じたことがある。有名な三鷹の禅林寺。かの太宰の墓もそこにあって、僕はきっと行くまいと肝に銘じていたというのに、当時の知り合い、先輩の異性にせがまれて否応なく参じる羽目になった。幼い時分からどこか臆病なところも多分にあった僕としては、そういった高名な作家の墓に参じることは何かしら畏怖感があるというか怖ろしさが先に立ってしまう為、それまでにも幾度か誘われたがやんわりとお断りしてきた。毎年、7月9日には鴎外忌が催されるので、或いはその年のその日であったのだろうとは想うのですが、小雨が降っていたような・・・。とにかく記憶にあるその墓は霧のような靄に煙っており、判然としない。実際、この寺で何人の文学愛好家がその命を落としているのかな?、そんな想いに至ってしまったとき、僕はブルッと身震いしたことを想いだす。思想に殉じることは、けだし崇高だとは想うけれど、よくぞこの僕もそういった行動に出なかったものだなという、ある種の感慨、懺悔・・・。天邪鬼でいろいろなものに興味を抱く、翻って思想的に甘いと自他ともに従えられた、僕らしい繰言みたいなものなのでしょうけれど、いまはその思想に殉じた者達の魂がきっと浮遊せず、求めたひとつところに落ち着いていることを切に願う。かつての文学者達が「というもの」に対してもいかに真摯に見据えていたことか、僕はそういうことを想うとき、自身の今にけっして満足してはならぬという想いに満たされる。まだまだ僕は歩みを止めるわけにはいかないのです。そういう想いがまたふつふつと沸いてくる。
Preface

綾見由宇也

Author:綾見由宇也
 【作家・綾見由宇也、覚書】
 当ブログサイトは私こと綾見由宇也がこれまでにネット上で書き綴った詩文・散文・小説・コラム・雑文、あらゆる文章群の中から選り、
新たに改題・改稿・加筆・訂正を施したものを改めて公開しようと筆者なりに懸命を尽くした、
されど誠にささやかなる類いの極私的ブログサイトです。
 ご興味ございましたら、どうぞごゆっくりと読了くださいませ。

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